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2007年11月27日 (火)

死ぬかと思った

入院時、電話(PHS)のメモ帳に記録したものを、まとめてアップしています。

「死ぬかと思った」のは、救急隊員と処置に当たった医師。
8月14日午前3時半頃、自宅ベッドで寝返りをした途端、背中がつった感じになり、激痛が始まる。声も出せずにもがくうち、家内が気付き「どうした」と尋ねてくるが、「背中が痛い」と答えるのが精一杯。(そんな最中、腕時計で確認した時間は、3時40分。しかし、どの時点か記憶に無い)。
家内が、救急車を呼んでくれた様子。しばしして、救急隊員の声、「大動脈解離、県立病院へ」。この時は、既往症の悪化かも知れぬと思ったが、これが血管の別の場所での新規展開。1時間生存率1%の世界への誘いの始まりになるとは。
どうやって救急車内に寝かされたか分からぬが、酸素吸入され、既往症ならと搬送先は循環器病院を希望した。
救命センターでは、左手首2ヵ所、右手首1ヵ所の、合計3ヵ所からの点滴、酸素吸入20リットル/分、導尿。時々、点滴に別の薬を追加、CTへ移動。
この時、漸く「急性大動脈解離発症後1時間の」生存率1%の域を脱したのでしょう。
ところが、それから12日過ぎた8月26日に至っても、強い痛みが有るし、痛み止薬(ロキソニン60mg錠)もうまく効かない。
27日朝までの状況から、薬を飲んで約12時間後に鈍痛が有り、その後2時間我慢するのが限度の様に思う。以前の様に、はっきりした発熱は無いが、計れば微熱は有る。
明日28日で、発症後2週間。極力安静に過したし、幸運なら血管のキズも治って、もう少し過ごしやすくなるかもしれない。明日に、期待。
気付いた事ひとつ。救急車で来た状況から、メガネをかけずに過ごす事が少なくないが、大きな不便も感じずに過ごして居る。
8月27日11時、心電図モニタが外されました。継続計測が必要無いまでに回復したのだろうか。病院の器具が足りないのか、説明も無く、頼りない気がした。

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